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この夏も行く…。 


caroこっちをお向き

人生はきっと、
必要な時に、必要な者が寄り添ってくれるようになっているのかもしれない。
それは、人であったり、仕事であったり、好きなことであったり…
ずっと一緒でいられたり、失ってしまったり、一瞬のすれ違いであったり…

そして、それが、犬であることもある…。

(写真はcaroです。こんな川の日のフィルムバージョンです)
 
眩しいね♪

puzooと暮らした日々は、長い人生の中で、
あがいても、自分の力では、どうにもならないことが沢山あると知った時期だった。

07195000018.jpg

puzooを迎えた時は、
母の介護を始めたばかりで、日々記憶を失くしていく母を、仕事から帰っては探しまわり、
母の連れてくる見知らぬ人が、家のドアを開けるといるような日々だった。

わたしは、puzooをそれなりに育てたつもりでいたが、
今にして思えば、今、caroに手をかけているだけのことを、してあげてはいなかっただろう…。

天使のように笑い、人に寄り添い、よく聞き分けた彼の性格は、
わたしが育てたものではなく、彼自身の素質だったのだ。

inu0719000013.jpg

母のホームへの入所が決まり、精神的にも金銭的にも一段落ついた時に、
わたしは、心と体を病んだ。
医師からは、友人と会うことも制限され、本も読めず、声すらでなくなった日々、
何も言わずに一日中側にいてくれるpuzooが、抱きしめられる世界の全てだった。

そして、puzooには、5・6歳という犬として知力・体力ともに一番充実した時期を、
わたしのベッドサイドで無駄にさせた。

再び外を歩くようになり、puzooが見せる公園は、景色は、とても美しかった。
彼が見る光も、彼が聞く風の音さえも、手に取れるような気さえした。

0719000011.jpg

昨年、
母が来て、半年後に貰われてきた仔犬は、
母が逝った半年後に、任務を終えたような顔をして逝った。

どんな時も、わたしの側でご機嫌に笑っていたpuzoo。
だけれども、彼が、楽しくも、笑っていようとも、
『君は、幸せだろうか…。』
『君は、わたしのことが好きだろうか…。』
そう、問い続けた13年近くだった。

何があろうとも、笑って見ている。ここにいるよ。…と、
彼を抱きしめ続けた夏の日々だった。

0719000015.jpg

ねぇ、puzoo…。

わたしは、きみを、失ってなんかいない。
誰よりも、何よりも、この上もなく愛していた。
今だって、何度も、何度も、きみの名を呼ぶよ…。


一番近い魂の逝った夏が、今年も終わろうとしている…。





今日は、puzooの命日です。
早いもので、もう一年が経ちました。
puzooのことを思い出さない日はなく、それはcaroが来ても同じです。
もちろん、思い出すことは、楽しい思い出や美しい思い出に変わってきてはいますが、
さすがにこの夏、クーラーの音が気になった時や、成長したcaroのしぐさに、
ぼんやりと乗っている電車の窓に、
その場に座り込んで泣きそうになってしまったこともありました。
caroがいてくれたこと、仕事が忙しかったことに、救われれました。
caroは、わたしのことが大好きです。
じゃまだぁぁ…うるさいぃぃ…と言う程、わたしのことが大好きです。
きっと、、そういうものです…。
コスモス

よろしれば…今日は語ってますな写真サイト→Tumblr 『a'』  
      久々の→『a'』(puzooと一緒に見たコスモスです。2013年秋)


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