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母が亡くなりました。
アルツハイマー型認知症を発症して16年目でした。
長い13年でした…。

母の代りにサインを書き、
母の選べない母の人生を、わたしが決めてしまっているようでした。
考えまいと思いつつも、
人の尊厳や意志や幸せや、延命ということを思わずにはいられない日々でした。

今、この人は、幸せだろうか…。
わたしの判断は、この人の望むことだろうか…。
わたしは、この人を愛し、この人は、わたしを愛していただろうか…。



先月には、母は、食事を取るという行為を、食物という物を忘れてしまいました。
「あなたは、きっと、アルツハイマーの末期まで見ることになると思います。」
かつて、最初に母を担当した医師に言われた言葉です。
いつも、この医師に説明してもらった知識が、わたしの介護の根底にありました。
 「連続性のない、一瞬、一瞬を生きていかれます。」

それでも、
予め教えられていたことが、きちんと順次に起きたとしても、
それは、起きてみないとわからないことで、
いったい、どの時点のことなのかわからないことで、
先の入院先の担当医師の言葉に、
「もう充分だと思いますよ。よくここまで穏やかに来られたと思います。」の言葉に、
もう、いいのだ…。終わり近くまで来ていたのだ…。と思えました。
 
あとは、花が枯れるごとく、
医療も食事も無理にはせずともよい施設に、移る手配をしているところでした。


母が、自分に娘がいるという記憶を失くし、
わたしが母の娘だと人から聞くだびに、混乱してしまうようになり、
「私には娘がいるのでしょうか…?」と、不安げにわたしに尋ねた日から何年もずっと、
わたしは、母のことを名前で呼んで来ましたが、
何故だか、『ママ、明日、また来るよ…。』 と、声をかけて帰った次の日の明け方、
母は、わたしを待つことをせずに息をひきとりました。
静かな最後だったそうです。

母の人生が幸せであったことを、
いちばん良き日の夢を見ながら 逝ったことを…。
 
母とわたしを支えてくれた人達に、心配を寄せてくださった方達に、心からの感謝を…。


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